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ドール(DD/ドルフィードリーム/リルフェアリー/FAガール)の写真(自宅撮影・野外撮影)やカメラ、旅行記・ドルツーなどをゆるゆると書いています。

2004年に発生した中越地震の震源地を眺めながら当時のことを思い返してみました。
気がつけばもう10年以上も経ってるんですねぇ…。

ジシンのキオクとキロク

2004年(平成16年)10月23日の17時56分、中越地方を中心に最大震度7の地震が襲いました。
少し前の写真ですが、当時のことを思い返しつつ中越地方で撮影した写真を載せていきます。

2004年10月23日 17時56分

「この時、ぺけさんは何をしていたの?」
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当時、高校生だった私は、母親と一緒に祖母の家に向かう途中で本屋に寄っていました。

これまでに体験したことのない猛烈な揺れだったため、その瞬間は「あれ?めまい?変な病気でも出たか?こんなところで死にたくないなぁ…」と思いました。今思うと信じられないくらい冷静にそんなことを考えていました。

しかし、よく周りを見ると平積みの本が崩れ、棚からは本が(比喩ではなくほんとに)飛んでいました。そうしてようやく地震だと気付いた私は、「あ、まずい、これ逃げないといけないやつだ」と思い、すぐに店の外に出ました。

店の外に出ると、鳥たちのけたたましい鳴き声、揺れる電線が空気を切る音、揺れにより建物が鳴る音が響き渡っていました。

すぐに母と合流し、状況を確認しようとするものの、なかなか状況を掴めず。当時はスマートフォンなどもちろん普及しておらず、電話やiモード、ワンセグなどによる情報収集が主でした。

ようやく状況がつかめると、どうも震源は中越地方とのこと。それでも詳細な被害などはまだ見えず、不安を抱えながらも祖母の家に向かうこととなりました。その後、詳細が見えてくると、震源が川口であること、かなりの箇所で地割れや地盤沈下や液状化現象などが発生しており、交通インフラだけでなくライフラインが断絶されているところがあること、こういった悲惨な現状が顕になってきました。

1週間ほどは長岡市にある実家に帰ることもできず、祖母の家で生活をしていました。幸い祖母の実家は中越地方の中でも下越寄りで、被害も少なかったためこれと言った不自由もなく生活することができました。しかし、かなりの数の余震があり、実家付近では倒壊を恐れて車中泊などをする人も多く、安心して眠れなかったそうです。

震源地の今

12年経った今では当時の被害を感じさせないくらい力強く稲穂が育っています。

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汐里「ぺけさん、なんか泳いでる」
ぺけ「あれは錦鯉かな。震源地付近の地区では錦鯉が産業として盛んなんだ。地震で多くの鯉が死んでしまって大打撃だったんだよ。」

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ついつい忘れてしまう

喉元過ぎればなんとやらで、時が経てば多くのことを忘れてしまいます。
時にはこうやって思い出し、日々の防災意識を見直したり、いかにこの日常が尊いものであるかということを考えるのも大切ですね。

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